2024年度卒業式・大学院修了式 式辞
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんの努力と強い意志が実を結び、今日という晴れの日を迎えられましたことを心から祝福いたします。また、これまで卒業生を支えてこられたご家族や関係者の皆様には、神戸親和大学の教職員を代表いたしまして、心よりお祝い申し上げます。ご支援くださった関係者の皆様、教職員の皆さまにも、深く感謝を申し上げます。ご来賓の皆様には、ご多忙の中、本日の卒業式、大学院修了式にご列席賜りましたことを厚く御礼申し上げます。
卒業生の皆さん、まずは自分で自分を思いっきり褒めてあげてください。もちろん、学生生活の終わりを迎えるにあたって、いろいろな出来事やまだ心が残る「思い」を持っている人もいるかもしれません。ただ、そうした至らぬ「思い」は、これからいつでも何度でも取り組めます。また必ず、取り返せます。けれども、4年間、あるいは2年間の皆さんが積み上げてきた、あるいはこの卒業という節目をここに迎えるに至った、オンリーワンの皆さんの努力と時間は、皆さん自身で生み出した一人ひとりの成果そのものであることに間違いはありません。皆さんは、本当に大きなことを今、成し遂げました。ここにいる全員が、一人残らず、自分を自分で褒めてあげてください。皆さんに、心からの乾杯を発したいと思います。
その上で、皆さんに最後に贈る言葉は、変化の中で「自分」を見失わないでほしいということです。卒業生の皆さんが大学生活を送る間、社会は大きく変化しました。コロナ禍というこれまでにない経験、AIの進化、働き方の多様化、そして世界を揺るがす出来事が次々と起こる中で、私たちはVUCAという言葉で呼ばれる「予測不可能な時代」を確かに生きています。しかし、最も大切なことは「自分を見失わない」ということだと思います。
私は文化社会学の研究者です。その過程でとても興味を惹かれた研究者の一人に、フランスの思想家ロジェ・カイヨワという人がいます。このカイヨワという人は、本学との関係でいうと、教育の分野では「遊びと人間」という本がよく読まれる人です。大変優れた研究を行い人間と社会の理解に特段の深さと広がりを与えた人なのですが、カイヨワは生涯、大学の教員にはならずに、しかしながら、フランスの「アカデミー・フランセーズ」という、定員が40名の終身資格で、1635年から始まる国立の最も権威のある学術団体のメンバーに選ばれたりもしている人です。カイヨワは、多岐にわたる研究を行った人物ですが、カイヨワが試みたものの一つに、石をモチーフに、自然が偶然に生み出す美しさ、についての思索があります。カイヨワはあるとき偶然にも、まるで風景画のような鉱石を発見します。自然という画家が、意図的に絵を描いたようにまで見える実に素晴らしいものです。このときカイヨワは、偶然の積み重ねが、時に人間の力を超えて驚くべき美しさを創り出すことに虜にされます。何万年もの時をかけて、自然はその形を創り出します。しかし、それは人間の手によらない、ただの偶然という驚くべき作用の成果です。現代のAIでさえ、この偶然を取り込むことが画期的な技術の進化に寄与しています。カイヨワは、このような人間の意図を超えたところにある事実に、強く心惹かれました。そして偶然を可能なギリギリのところまで、必然との関係で理解しようとします。このようなカイヨワの研究態度は、大学を中心とした古典的な研究の中では、少し変わったものでした。けれども、カイヨワのこの姿勢は、生涯変わるものではありませんでした。ちなみに、このカイヨワと、親しく交流していた日本人の一人に、今年開催される大阪万博が前回1970年に開催された時に、シンボルとしてデザインされた「太陽の塔」の作者、岡本太郎がいます。岡本太郎は、カイヨワが亡くなった時に、追悼文を日本語で日本の雑誌に寄稿しているほどの親友でした。二人は、シュールレアリズムという文化運動の同志でもありました。先入見を離れ、無意識という人間や世界のありのままを追い求めたということだと思います。
一方で、この「自然が偶然に生み出す美しさ」を必然の問題として身近に取り組んだスポーツ選手がいます。それは、今年、大リーグで日本人として初めて殿堂入りを果たしたイチロー選手です。メジャーの殿堂入りは、MLBでプレーしたことのある全選手の1%にも満たない、と言われています。それだけでも偶然としか言えないようなありえないことなのですが、イチロー選手は、満票で選ばれるのではないかという、さらに栄誉を与えられることが期待されていました。しかし、メジャーリーグの殿堂入り投票では「満場一致」ではありませんでした。たった一人の記者が投票しなかったのです。それでもイチロー選手は、そのことについて特に語ることもなく、淡々としているように思います。イチロー選手は、たとえばAYATOさんという人が公開しているイチローの名言集の中にあるように、「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています。」と述べています。つまり、自分が積み重ねてきたものを誇りに思い、他人の評価に左右されて自分を見失うこともなく、偶然の美しさやその高みに対して畏敬の念を持ち、そこまでは決して届かないと思いながらも、必然という努力を大切にする人なのだと思います。私たちは、努力し続けることで、思いもよらない偶然という美しい結果に近づくことができるのだと思います。
皆さんのこれからの人生も、まさにこのような「偶然」と「必然」の繰り返し、あるいは「積み重ね」の連続です。社会に出ると、すぐに成果が出ないこともあるでしょう。努力が報われないと感じることもあるかもしれません。そして、時には他人からの評価に納得できないこともあるでしょう。でも、カイヨワやイチロー選手が示したように、重要なのは「続けること」です。他人の評価ではなく、自分が積み上げたものを信じてください。「自分を見失わない」でください。皆さんの中には、これから選ぶ道が本当に正しいのか、不安に思う人もいるかもしれません。しかし、たとえ遠回りに思えても、その経験が自分を強くし、新たな扉を開くこともあります。だからこそ、失敗は怖くないし、失敗しても何度でもやり直せばいいだけのことなのです。問題は、むしろ「続けること」ができるかどうかです。そしてそれは、大学を出た後も、広い意味で学び続けることを忘れないということでもあります。大学で得た知識は大切ですが、それ以上に重要なのは「学び続ける」ことです。新しいことに興味を持ち、柔軟に吸収し続けることで、皆さんの未来はより豊かなものになると思います。
今日、皆さんはこの大学を巣立ちます。でも、皆さんの人生はこれからも本番の連続です。自分を見失わず、努力を積み重ね、いつか振り返ったときに「よかった」と思える人生を歩んでください。私たちはいつまでも、皆さんの成長と活躍を見守っています。
改めて、ご卒業おめでとうございます。
令和7年3月20日
神戸親和大学 学長 松田恵示