お祝いメッセージ

創立50周年お祝いメッセージ

すずらん会会長
米津佳子

 大学が開学され早や半世紀を迎えようとしています。想えば、大学の校舎は1号館の1棟のみ。前庭の芝生に腰をおろし、周りの砂山を見渡しながら、大学生活の事、部活の事、また人間関係について、友と語り、想いにふけったものでした。
この間、大学は周囲の環境を含め大きな変貌を遂げました。周辺の砂山は人家やビルに変わり、大学内では多くの校舎が増築され、文学部2学科からのスタートでしたが、改組転換により今や2学部5学科、大学院、通信教育部という、女子大としてはマンモス校となりました。

 私は同窓会の代表として、毎年大学の卒業式に参列させていただきますが、式はもちろん厳かで、晴れやかですばらしく、卒業生のこれからの船出にふさわしいものです。また、学生主催の卒業記念パーティーにも出席させていただきますが、その度に学生と教職員の方々が、まるで家族のような信頼関係で、学生生活の4年間が充実したものだったのだろうと想像されるものでした。アットホームな雰囲気で、素敵な会だなと、いつもすがすがしい気持ちにさせられます。

 勉学に励む上での安全な環境作りもさることながら、日々の学生たちへの手厚いケアが柔軟でたくましい女性、また社会人を多く排出し、この50年の歴史を作り、またこれからの更なる大学の発展へとつながるように、益々ご尽力いただけることを期待しております。そして微力ながら同窓会もその目的を実現していく為に、サポート出来る存在であり続けられるように、大学と共に歩んでゆきたいと想っております。

 創立50周年本当におめでとうございます。さらなる発展を祈念しております。


文学部 国文学科 1期卒業生
國廣 輝代

母校の発展を願って

 神戸親和女子大学、創立50周年、おめでとうございます。
1887年開校されました親和女学校を母体として、1966年に「親和女子大学」が開学しました。文学部(国文学科、英文学科)のみで、定員は200名でした。私はこの年、国文学科1期生として入学しました。

 神鉄鈴蘭台駅から大学までには、お店などは2、3軒もあったでしょうか。大学は元々山であった高台に真新しい本館だけが建っていました。その周囲は一面の空地でした。

 全てが新しい環境の下、私たちが基礎を作っていくんだという気持ちを学生一人ひとりが持っていたように思います。勉学においては、しっかりと単位を取り、取れる資格は全部自分のものにしました。クラブ活動では、他の大学を見学し、研究させてもらってクラブの体制を作り、活動しました。ゼミの先生、クラブの顧問の先生の研究室へは毎日何人かで行き、教えていただくだけでなく、雑談に花を咲かせたりしました。時には一緒にコーヒーを入れて飲んだり・・・・とても楽しかったです。今から考えれば先生の邪魔をしていたのだと恥ずかしいくらいです。

 親和女子高等学校、中学校の運動会には創作ダンスで参加したこともありました。もちろん今もお元気で指導してくださっている曽和光代先生のご指導によるものです。このように高、中学校との交流も懐かしい思い出です。

 こじんまりとした、暖かい雰囲気であった私たちの母校が、今では大学名も「神戸親和女子大学」となり、2学部5学科、大学院、通信教育部を有する規模の大学へと発展を続けています。私はすずらん会の役員として、大学の先生方、関係者の皆様のさまざまなご努力を目の当たりにしてきました。この努力が実り、18才人口減少の中にあっても定員以上の入学生を迎えております。

 母校が今後ますます発展されることを強く願い、応援しております。


文学部 国文学科 5期卒業生
井村 典子

学び舎の門をくぐりて蘇る 友との語らひ青かりし日々

 創立50周年、おめでとうございます。

 私たちが入学した頃は、新設されてまだ5年目の小さな大学でした。卒業時には体育館で、一人ひとり演壇に上がって卒業証書を授与して頂きました。その喜びは今もなお鮮明です。

 神戸電鉄の粟生駅から鈴蘭台駅までの50分間、そして登り坂を徒歩で10分。学籍番号の前後や通学電車で知り合った素晴らしい仲間、教室や食堂でよくおしゃべりを楽しみました。授業の話や将来のこと、たわいもないことで笑いあったものです。そんな私でも運よく公立中学校に採用され、山あり谷あり、試練の連続でしたが、何とか無事に退職することが出来ました。

 ほぼ40年ぶりにすずらん会の総会で大学を訪れた際、懐かしい思いに心を震わせながら構内を散歩しました。正門近くの大きな建物にも驚きましたが、1号館の周辺にも所狭しと立派な校舎が並び、グラウンドでは熱心に部活動の練習・・・。視線を落とすと、お洒落に木や花が植えられて、行き届いた環境に感動。すれ違う在学生もさわやかで自然に挨拶を交換出来ました。

 「先生になるなら、親和!」のキャッチフレーズのもと、教員採用数も目覚ましく上位を占め、今や就職率も98.3%とか。地域や社会、海外での実習や体験・・・。先生方のご尽力でさまざまな実践活動がなされ、大きく進化している神戸親和女子大学、卒業生の一人として誇りに感じます。 こんなにも立派にしてくださった後輩の皆さま、先生方に敬意を表します。

 これからも神戸親和女子大学の歴史を、一歩一歩着実に刻んで頂きますよう、陰ながら応援しています。


文学部 国文学科 11期卒業生
福山純子

創立50周年によせて

 この原稿を依頼されるにあたり、「創立50周年」と聞いて、「半世紀か・・・・」と感慨深くなりました。誕生したのは私の方が先で、母校は私より年下になる訳ですが、多くの大学が出来ていく一方で、統合されたり消えてしまう学部もあることを思えば、「よくぞ・・・・」という思いが湧き、愛おしい気持ちにさえなってきます。

 私が親和女子大学に入学した頃は、まだできて10年ほどしか経っておらず、設備は美しいけれども、すべて調っている訳ではない、という状態でした。学食のメニューは少なく、「生協」も入っていなかったので、学内で購入できるものは高校の購買部よりも少し多い、という程度で、図書館が出来たのも卒業時でした。それでも当時はさほど不便とも思わず、通学路の長い坂を上り下りしながら、途中にあるパン屋さんや喫茶店への寄り道を楽しんでおりました。

 奇しくも娘も通うことになり、三十年ぶりに訪れた母校は、懐かしさと眩しさを感じさせました。「あれもなかった、これもなかった。」と、増えている施設や設備に驚きながらも、変わらぬ坂道を上り本館を目にした時、懐かしさがこみあげてきたのです。

 大学の取り組みも、就職活動に対する支援にずい分力を入れていることを知りました。私たちの頃は大学、ことに女子大は就職のためのスキルや資格を身につける場、というとらえ方はあまりありませんでした。今はどの大学もこぞって就職につなげる取り組みをアピールし、卒業生の就職先を報告しています。そんな中にあって、他大学に劣らぬ熱心な取り組みを行っている母校と、それに応えて夢を叶えていっている後輩たちを誇らしく思い、心の中で拍手を送っています。そして、時代による変化はあっても、常に凛としていながらも、しなやかに生きていく“親和レディー”であってほしい、自分自身もそうありたいと思うのです。


文学部 児童教育学科 5期卒業生
垣屋 尚子

創立50周年に寄せて

 鈴蘭台の駅を降りる度にヒューと冷たい風が襟元から舞い込みキリリと澄んだ空気にいつも身が引き締まります。やっぱりこっちは空気がちがうわ・・・とひとり言を口にしながら大学へと続く坂道を歩き始めます。
目の前には昔とあまり変わらぬなつかしい風景が広がり途中で出会う学生たちの生きいきとした明るい表情やふとした仕草に学生時代の一こま一こまが脳裏によみ返ってきます。

 私が入学したのはちょうど40年前児童教育学科が出来て5年目のときでした。大学生活にワクワクした希望とちょっぴりの不安に胸をときめかせながら正門をくぐったのをはっきりと覚えています。

 当時のクラス分けは氏名のあいうえお順に甲・乙・丙と3クラス編成でした。 なんとも古臭く昔の通知表のような呼び名でした。大学になると高校時代とは全くちがい初めて学ぶ科目ばかりで新鮮で刺激的でした。
重たい教科書を抱えてもう毎日が必死でした。
4年生になると山口治先生のゼミを専攻し山口先生の人間として教育者としてのお人柄にたくさんの気づきを学びを与えて頂き心から感謝しています。
さて何年か前のこと、大変うれしい連絡をいただきました。バレーボール部がリーグ1部に昇格したというのです。え!あのバレー部が?私は心底びっくりしました。私も当時バレー部に所属しており一番下の4部で頑張っていました。
しかしなかなか勝つ事ができませんでした。
入部当時は先輩が3人だけと活動すらままならない状況でしたが、そこから諦めることなく3部昇格目ざして頑張ってきた部活動でした。
なのでお祝いの会に出席させて頂いた時には本当にうれしく胸が熱くなりました。

 山本学長のメッセージに「人に学び人に生かす」とありました。人間はこの世で自分一人の力で出来る事は何一つありません。
全て周囲に支えられ生きる力をもらい有意義な人生を歩むことができます。今は大学で海外研修や地域との交流、ボランティア活動など素晴らしいチャンスに恵まれています。また私たちの身近な所にも色んな学びのチャンスがあります。

 後輩の皆様にはこれからも自らのパイオニア精神で人生を豊かに切り開き、大学で学んだ親和力を生かして頑張って頂きたいと心から願っています。


文学部 英文学科 17期卒業生
中尾雅子

「親和力」が紡いでいく女子力

 大学創立50周年おめでとうございます。親和学園の校祖である友國晴子先生が、新しい女性の創造を掲げて創立された親和学園から、より高い知識と掘り下げた学問追求のため、そして中学、高校、大学の一貫教育のために創立された我が母校、神戸親和女子大学が半世紀もの時を迎える事にお慶び申し上げます。

 親和教育の原点が今なお引き継がれている事を証明するかのように、急速に進む少子化をもろともせず、「ひとに学び、ひとを生かす」教育理念のもと、沢山の卒業生を輩出し、多くの先輩、同輩、後輩の皆さんがそれぞれの分野で活躍なさっているのを嬉しく、誇らしく思っている次第です。

 伝統を大切にしながら、時代のニーズに適応し、課題を解決していくためのコミュニケーション力をつける教育は、まさに「ひとに学び、ひとに生かす」の理念の通りです。コミュニケーションを取っていく過程で、新しい自分の発見もあり、自分自身にも相手にも生かす方法を身につけていく術を大学時代に学べるのは、本当に貴重な体験だと思います。

 私も大学を卒業して30年ほど経っていますが、大学時代に教えて頂いたこの「親和力」で、新しい事に挑戦しています。本業である英語講師が生活の基盤であるのは言うまでもないですが、仕事とは全く関係ない分野である「紅茶」をキーワードとして、神戸を元気にする活動をしています。

 大好きな神戸を「紅茶」で表現してみたいという想いのもと、神戸をイメージする要素をあらゆる面から検討し、多くの方々の意見を聞き、いよいよ構想が現実のものとして動き始めています。今春には、神戸を愛する一般人から、神戸のオリジナルブレンド紅茶、私たちの紅茶を誕生させる事が出来そうです。

 我が母校が地元神戸に根付き、親和力で女子教育を応援する姿勢を感じられたからこそ、いくつになっても改革のチャンスありと新しい事にチャレンジ出来るのかもしれません。

 神戸親和女子大学の「親和力」がこれからも多くの人々に伝わっていき、いろいろなご縁を紡いでいく事を祈念しています。


文学部 総合文化学科 2012年3月卒業生
石原詩織

このたび創立50周年を迎えられましたこと、誠におめでとうございます。卒業生の一人として大変喜ばしく思いますとともに、この晴れの日にごあいさつ申し上げる機会をいただけたことに深くお礼を申し上げます。

 さて、近年の日本においては、働く女性が増え、ジャンルを問わず社会で活躍する女性の姿も多く見られるようになりました。ライフスタイルが多様化する中、今後も女性の社会進出の機会はどんどん増えていくことと思います。そのような時代を迎えた今、どのような人物が社会に求められるのでしょうか。

 神戸親和女子大学では「ひとに学び ひとに生かす」をモットーに、自立した女性の育成に取り組んでおられ、地域交流事業や企業との連携事業において、学生が主体となって活動することで、自ら考え、活躍する場が設けられております。学生のうちから地域社会と関わりを持つことは、同年代との繋がりだけでなく、社会と繋がりを得られる良い機会であり、多くの出逢いによる学びは多岐に渡ることと思います。そしてそれらは社会に出た際に、必ず力となって発揮されることでしょう。

 大学生活の4年間は、その期間だけを聞くととても長いように感じますが、気づけば終わってしまった、ということもあるでしょう。しかし、その一瞬でしかできないことは多くあります。在学生の皆様には今の一瞬一瞬を大切に、出逢いを大切にし、学生生活を楽しみながら多くのことを学んで欲しいと思います。そして、先輩方から受け継がれてきた神戸親和女子大学の理念を次の世代へと引き継いでいただければ幸いです。

 最後になりますが、校祖 友國晴子先生をはじめ、現学長 山本裕之先生ならびに諸先生方、関係者の皆様に深く敬意を表すとともに、神戸親和女子大学のさらなるご発展、学生の皆様のご活躍と輝かしい未来をお祈りいたします。


発達教育学部 児童教育学科 2014年3月卒業生
西村美里

 神戸親和女子大学50周年、おめでとうございます。

卒業から2年、「先生になりたい」という夢を胸に、毎日大学へ通ったことを懐かしく思います。親和で過ごした4年間は、今の私にとって、欠かすことのできない時間となりました。親和では、多くの時間をゼミの仲間と過ごしました。毎日当たり前のようにゼミ室に集まり、夢の実現に向けて、採用試験の勉強に励みました。ゼミ室はいつもアットホームな空気に包まれており、安心できる場所でした。朝9時から夜9時までゼミ室にこもって勉強する「9時9時」。合格された先輩方に続こうと必死に勉強しました。それでも、行き詰ったときには、先輩方の合格体験記に励まされ、愛のある先生の温かい声や頑張る仲間の存在に背中を押される…。今思うと、そんな力を求めて、自然とゼミ室に向かっていたのかなと思います。
 また、在学中にはオフキャンパスにも励みました。実際の学校現場へ行き、学生ボランティアとして活動したのもよい経験です。「ここの学校へ行ってみたら?」と、たくさんの先生が経験のチャンスをくださいました。それもまた、親和だからこそできた学びだと思います。そこで出会った子どもたちや先生との関わりは、“こんな先生になりたい”という自分の目指す教師像を明確にしてくれたと感じています。また識字教室でのボランティアでは、「孫に手紙の返事を書きたい」という90代の学習者さんとも出会い、学びの原点を私たちの方が学ばせていただきました。
 教師になって2年、まだまだ目の前のことに必死な毎日ですが、親和で学んだことを大切に、日々子どもたちと向き合っています。毎日40人の子どもたちと生活し、大変なこともたくさん起こります。でも、一生懸命な子どもたちを前にすると、何が何でもこの子たちのために全力を尽くしたいと思えます。私が学んできたゼミ室のように、教室に行けば仲間がいる、前向きな気持ちになれる、そんな学級を目指して、これからも子どもたちの気持ちに寄り添っていきたいと思います。親和での学びを子どもたちに伝えたいと思います。


発達教育学部 心理学科 2015年3月卒業生
原 梢絵

 この度は創立50周年おめでとうございます。

 学生時代のことを思い出せば、いつもゼミの時間のことが思い浮かびます。担当として受け持っていただいた丸山総一郎先生と15人のゼミ生で、毎回楽しく、時には厳しく学ばせていただきました。私たちのゼミは、精神医学を中心としたストレスに関するものを多く取り上げて学習しておりました。あの時学んだことは今、間違いなく社会人となった私たちの武器になっていると感じています。ストレスは誰にでもあるものですが、その表現の仕方、症状の表れ方は人によって個人差があり、わかりやすいものもあればなかなか気付くことができないものもあります。自分自身でも気付かないうちにストレスを溜めこんでしまうというケースも少なくありません。しかし今、自分自身のものも、周りの人のものも人より早く察することができ、またうまく消化できているように感じます。これは、ゼミの時間にストレスについての正しい知識を身に着けたからだと思い、指導していただいた教員の皆様に本当に感謝しています。

 現在私は全国転勤のある営業職に就き、静岡県で毎日元気に働いています。わからないことの連続ですが、新たに学ぶべきことがある日々は大変充実しており楽しくもあります。私の仕事は接客・販売になりますが、今年度の新卒社員の中で第3位の成績を残し、表彰もして頂きました。このような結果を残すことができたのも、心理学を学んだからだと思っています。つかせていただいたお客様のお話を聞き、その方が本当にほしいと思えるものをご提案するためには、今購入を考えている本当の理由を聞き出さなければなりませんが、そのために必要な信頼関係の構築に、少なからず心理学の知識を利用しています。これから、営業マンとしての話法だとか商談の戦略等も身につけるかと思いますが、結局大切なのは人間関係であり、信頼関係が構築されているかどうかです。そのため私は、神戸親和女子大学で学んだ知識を基盤にし、初心を忘れずにこれからもお客様と信頼関係を築ける営業マンで居続けたいと思います。

 今後、益々のご発展を心よりお祈りし、お祝いの言葉とさせていただきます。


文学部 福祉臨床学科 2007年3月卒業生
中島洋美

 この度は神戸親和女子大学の創立50周年、誠におめでとうございます。今後ともますますのご発展をお祈りいたしております。

 私が入学させていただいた年は文学部が総合文化学科、児童教育学科、心理臨床学科、福祉臨床学科に分かれた年でもあり、それぞれの専門分野の先生方たちが魅力と活気に満ち溢れたご講義をしてくださっていたのを思い出します。

 「ひとに学び ひとに生かす」という言葉を教育のスローガンとして学ばせていただいた4年間は私にとってとても貴重な財産となっていると感じています。

 私は卒業後、7年間にわたり高齢者施設の介護士として働いてきました。働き始めて数年は、ご入所者に寄り添って介護に従事することでご入所者から学ばせていただき、それを基にさらにご入所者の暮らしがより快適になるように考えていくことが「ひとに学び ひとに生かす」ことであると考えながら仕事をさせていただいていました。しかし最近になり、それが必ずしもすべてではないように感じるようになりました。近年、日本の高齢化は急速に進んでおり、私たちに必要なのは支える力だけではなく、ご入所者の現存能力の維持、回復、向上というリハビリテーションの力が必要なのではないかと考えるようになりました。

 私は現在、作業療法士の資格を取得するために夜間の専門学校に通っています。卒業したときの思いや分野とは少し違う、医療という道へ進むこととなりましたが、今でも私の根本にあるのは神戸親和女子大学の先生方に学んだ多くの事と、それから一緒に学んだ友人たちだと実感していますし、「ひとに学び ひとに生かす」ことであると考えています。

 在学中の皆さま、神戸親和女子大学で様々なことを吸収し、在学中もそれ以降の人生も、キラキラと輝きつづける皆さまでありますように、心より願っております。

 改めましてこの度の創立50周年にあたり、謹んでお祝い申し上げます。


発達教育学部 ジュニアスポーツ教育学科 2012年3月卒業生
新原 麻央

神戸親和女子大学創立50周年おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。私は平成20年度より4年間、ジュニアスポーツ教育学科に在籍していました。現在は兵庫県の高校体育に採用され、尼崎市の高校で勤務しています。“体育の先生になりたい!”という志を持ち、親和に入学してから採用試験に合格するまで、様々な人と出会い、数多くの失敗をし、たくさんの涙を流してきました。そんな私が学生時代、1番頑張ったことは“ボランティア活動”です。授業中は、あまり真面目ではなかった私ですが、ボランティア活動だけは積極的に取り組んでいました。その中でも、3年次に挑戦した視覚障害者が行うフロアバレーのアシスタントコーチは一番力を入れました。私の中で“障害者は困っている人”というイメージがありましたが、選手の皆さんは常に前向きで、練習後はいつも笑顔で声をかけてくれました。その笑顔で、暑さや疲れがいつも吹っ飛んでいたように思います。この1年間で私は障害者の方に、一方的な考えをもっていた事に気付けました。今、私の学生時代を振り返ると、人生の夏休みだったと思います。親からは守られ、それでも好きな事ができたあの4年間は、今後の人生で体験できない貴重な時間でした。親に反抗した事もありましたが、4年間毎日お弁当を作ってくれた母、学費を稼いでくれた父に感謝の気持ちでいっぱいです。資格や免許をたくさん取得できたのも、母の「男は裏切るけど、資格は裏切らへんで!」という一言が私を納得させたからです。私の“採用試験に合格するぞ!”というモチベーションは、そんな親への恩返しがしたい。という気持ちからでした。今年度で教員生活5年目になります。思っていたような教師にはなかなかなれず、車内で泣きながら通勤した事もありました。でもやっぱりこの仕事は最高に楽しい!今は2年生の担任をしていますが、この子達の担任は私にしかできない。そう思って仕事をしています。今後も親和の後輩たちが教育現場で活躍していく事を楽しみにしています。